かつて同居していた祖母からよく、裁縫に使う針の穴に糸を通してほしいと頼まれることがあった。
主に私が二十代の頃で、毎回思いのほか感謝された。
現在、自分でボタンを付けなおしたりするときに同じ作業をするのだが、まだ大丈夫である。
しかしながら、字はいけない。
私たちが住んでいた地区には、ほぼ隣り合わせに祖母と同じ世代の主婦仲間が5人いて、地区の公民館を通じた内職などを皆で取り組んでいた。
ある時期から地区の公民館で書道教室が開催されるようになり、祖母たちのうち3人が習い始めたが、五年ほどで真っ先に祖母は離脱した。
理由は目がよくないからだと言う。
当時私はそれを何かの言い訳だろうと思っていたが、年を取るにつれその理由がわかるようになった。
私の場合、元からの近視と乱視に老眼が加わってきていて、パソコンの画面を見る分には支障はないが、字を書くことについては、ぼんやりとしか見えていない中では本当に難しい。
加えて頚椎の持病もあり、思うように指先が細かくコントロールできないため、納得いく字を書くことができなくなっている。
現在は昔と比べると字を書く機会は激減している。
しかしながら、日々の仕事では回ってきた書類に誤りや意見があれば、ふせんを貼ってそれに書くという厳しい作業が続く。
ほぼ十年ぶりに国道33号線の休憩地である引地橋を通りかかり、めったにない機会なので名物のおでんを買ってきた。
鮎とアメゴは売り切れていたのか、それとも時季があるのか囲炉裏には姿が見当たらなかった。
店に入っておでんコーナーに直行すると店のおばちゃんの一人が、
「お持ち帰りですか」
とソッコー声をかけてくれたので、母に分ける分も含め4点ずつ4種をタタタっと注文。
いるかどうか希望を聞かれたので、おだしと辛子を2個もらった。
帰宅後、鍋でぬくめる。
ちょっとしょっぱめではあるが、独特の美味しさでなるほど人気があるわけだ。
酒はセーブするつもりなのに、これなら飲まなきゃ仕方ないと今宵も依存症者の典型的な思考のもと・・・・・・。