注)以下はメールマガジン「国際派日本人養成講座」からの引用です。
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■1.工作船自爆
「『あまみ』と『きりしま』が被弾」との報告から、1、2分後、今度は「工作船が爆発」、そして「沈没」との連絡が相継いでもたらされた。
北朝鮮本国から工作船に対し、「自爆せよ」との命令が無電で伝えられていることが、後に暗号解読から判明した。すべての証拠隠滅のためには、船ごと沈めてしまうのが良いとの判断であろう。自国の兵士の生命は使い捨てである。
堀井船長率いる巡視船「みずき」が現場に近づいた頃には、工作船の乗組員と思われる人影が、夜の波間に数人浮かんでいるのが見えた。堀江船長は語る。
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それを見たときには、もう救助するという考えはありませんでした。自ら船を爆破したような相手ですから。こちらにもそんな余裕はありませんでした。むしろ逆に船に乗り込まれて爆弾を使われたらそれこそ大惨事ですから、そういう心配をしました。[1,p190]
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韓国の海上保安機関から海上保安庁に伝えられている情報によれば、北朝鮮工作船の乗組員は各自手榴弾を所持して、逮捕したら相手もろとも自爆する危険があった。[2,p40]
■2.扇千景・国土交通相のビデオ公開指示
工作船が自爆して沈没したという報告を受けた扇千景国土交通相(当時)は、即坐に海保幹部に「映像を国民に広く見てもらうべきだ」と指示した。10人いたとみられる工作船の乗組員全員が死亡し、「海保の攻撃で船が沈没したのでは」という憶測が広まるのを避ける意図もあり、「政治主導」で全面公開を決定した。
2日後の12月24日、工作船からの攻撃で巡視船が被弾する様子など緊迫した状況が、テレビで広く国民に公開された。
工作船からの銃撃は約1分間行われ、巡視船「あまみ」には船体・船橋合わせて100発以上の銃弾が浴びせられた。船橋の窓ガラスが7枚割られたほか、レーダー、GPS、気圧計、後部監視カメラ用モニターが破壊されるという凄まじいものだった。
巡視船「いなさ」も攻撃を受け、正当防衛のため応戦した。「撃て」「撃て」と繰り返し命令する船長の肉声が記録されている。3名が負傷したが、幸いにも軽傷だった。ある海保OBはこう語っている。
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実際、工作船沈没のニュースが報じられた直後には、「なぜ(工作船の船員たちを)生きたまま捕らえられなかったのか!」という怒りの声が、いくつも本庁宛に寄せられていたのです。
しかし、そうした声も、あの銃撃の映像をテレビで公開して以降は、ピタリと止んでしまいましたからね。[1, p191]
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巡視船「あまみ」が攻撃されている様子を撮影した映像は、まさに「百の論より一つの証拠」となった。
ビデオ撮影した職員は、激しい銃撃を受けている最中も、怯むことなく冷静にテープを回し続けた。テープを交換する際にも、平常通りの声で「テープを交換します」と自らの声を記録していた。
■3.工作船引き揚げ
扇千景国土交通相は沈没した工作船の引き揚げを「捜査資料として絶対に必要」と主張した。しかし、沈没した海域は中国のEEZ(排他的経済水域)に入っていた。
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ここでも当初、外務省は中国に気を使うあまり引き揚げには慎重になっていたのです。結局、中国側に対して(引き揚げ作業をすることが)中国の漁業の妨げになるという意味から、その期間の損害に準じた協力金を支払うということで合意しました。この協力金は最終的には1億5千万円で折り合ったのですが、中国側は当初7億円近い金額を吹っかけてきたといいます。[海保OB,1, p192]
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この交渉は、小泉総理大臣の指示を受けた海上保安庁と外務省の担当者が中国に赴いて行ったが、中国側の法外な補償要求のために、およそ1ヶ月もかかった。
ようやく交渉がまとまったのが、6月18日。そのわずか1週間後に引き揚げ作業が始まった。奄美大島の西方400キロ沖、水深90メートルの海底から、79日をかけて、全長約30メートル、幅約5メートルの工作船が引き揚げられた。後に、一般公開された工作船をみて、石原東京都知事は「あれは工作船ではなく、工作艦だ」という感想を述べている。
通常の漁船は、漁労作業をするときに船上が安定するように船底が平らになっているが、この工作船は高速走行を可能とするためにV字型となっていた。
燃料タンクの容量では24トンで、5千キロ以上の航続距離を持ち、平壌−新潟の1148キロを往復し、さらに日本近海で十二分に活動することが可能であった。
■4.小さな軍隊
引き揚げられた工作船を調べる過程で、最も海保を驚かせたのが、船内に残された武器類であった。口径40ミリのロケット・ランチャー2挺、口径82ミリ無反動砲1挺、携帯型地対空ミサイル2挺、その他2連装機銃、軽機関銃、自動小銃など計7挺である。
これらは船内に残っていたものだけで、これ以外にももっと多くの武器が海底に沈んでいるものと考えられている。
ロケット・ランチャーは実際に巡視船に向けて発射されていたが、もし命中していたら、沈んでいたのは巡視船の方だったろう。
工作船の武器装備に関しては、韓国の海上保安当局からの情報で、ある程度把握できていたが、携帯型地対空ミサイルは想定外であった。有効射程距離は5千メートルであり、低空飛行する海上自衛隊のヘリコプターやP−3C警戒機をも撃墜できそうだ。
この重装備では、工作船とは言え、小さな軍隊と向かい合っていたわけである。海保職員の背筋に冷たいものが走った。
■5.金正日も北朝鮮の関与を認めた
これらの武器の多くが、ロシア製のものを北朝鮮で模倣し、製造したものであった。さらに北朝鮮国民がつけていると言われる金日成バッジや北朝鮮製のタバコも発見された。こうした証拠から、海上保安庁はこの工作船が北朝鮮のものと断定した。
引き揚げが完了した直後、平成14(2002)年9月17日に北朝鮮・平壌で開かれた日朝首脳会談の席上、朝鮮労働党書記長・金正日は、今回の工作船事件について、一部の北朝鮮の当局者が関与していることを認める発言をした。
さすがにこれだけの物証が、テレビなどで国内外に公開されては、金正日も北朝鮮の仕業であることを否定できなかったのだろう。
逆に言えば、工作船を引き揚げたからこそ、ここまで金正日を追い詰めることができたのである。工作船が自爆して船自体を沈めてしまったのであるから、その時点では物証は何もなかった。ビデオでの交戦映像だけでは、北朝鮮は「我が国には関係ない」としてしらを切り続けることもできたはずである。工作船の引き揚げは扇・国土交通相の英断であった。
ただし、金日成は一部の人間の個人的な行為とし、政府としての関与は否定しているという。そのような言い抜けは国際社会で誰も信用しないだろうし、北朝鮮軍内の勝手な行為だとしても、国家としての北朝鮮の責任は免れない。
■6.覚醒剤密輸と工作員の密入出国
また船内からはたくさんの携帯電話が発見されたが、そのなかに残されていた発信履歴には、都内の暴力団事務所の固定電話の番号、また暴力団組員個人の携帯電話の番号が複数、確認された。
平成10(1998)年8月、高知県沖の海上で漁船に乗った暴力団組長ら6人が覚醒剤密輸未遂で逮捕されたことがあった。彼らに覚醒剤約300キロ(末端価格約180億円相当)を渡した北朝鮮の「第12松神丸」は、今回の工作船と同一であることが、造船の専門家から認定されている。北朝鮮は、国家事業として覚醒剤を製造し、その工作船を使って日本の暴力団に売り渡していたのであろう。
また、工作船は船尾部分が左右に開閉可能な観音開きになっており、その中には漁船のように見える長さ11.1メートル、幅2.5メートル、2.9総トンの小型船が収納されていた。
この小型船は、世界でも一流とされるスウェーデン・メーカー製のガソリン・エンジンを3機備えていた。エンジンの総出力からの推定では、時速50ノット(約93キロメートル)のスピードを出すことが可能であり、競艇のボートのように、海上を滑走できたと考えられている。
この小型船は工作員の密入出国にも使われていたのだろう。ある北朝鮮の元工作員は「日本への浸透作戦はピクニックに行くようなものだ」と述べているが[a]、世界第6位の長大な海岸線を持つ我が国に、こうした高速の小型船で自在に出入りしていたのであろう。
■7.「現実にはわれわれができることは限られています」
さて、今回、中国漁船が海保巡視船に衝突してきた尖閣諸島海域に関しては、今回の事件が起こる以前から、海保幹部は次のように述べていた。
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尖閣諸島には、巡視船が一隻、どんなときにも張り付いていなければならないというのが原則です。ですから、必ず24時間体制で船を浮かべているわけです。天候の安定しない海域ですから、それだけでも大変なのですが、毎日何もない海に停まっていることは、乗組員には大きなストレスでしょう。
一旦何かことが起きれば、責任を追及され大問題になる注目の海域であることはわかっていますが、現実にはわれわれができることは限られています。未来永劫いまの体制で尖閣諸島を守っていけるとはとても考えられません。[1,p38]
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この海保幹部は、「われわれができること」として次のように述べている。
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例えば、尖閣諸島に近づこうとする船をわれわれが侵入を防ごうとするとき、もし相手が停戦に応じなければわれわれが現状でできることは相手の船の針路を巡視船を使って妨害することだけです。
そうなれば相手も進路をさがして蛇行し、その方向にまたわれわれも船を回すといういたちごっこを演ずることとなります。そんな追いかけっこを海上で繰り広げれば、衝突という事故が起きる確率はどうしても高くなります。
衝突すればたちまち大問題になって大騒ぎです。かといって遠慮していては侵入を防ぐことはできない。もし衝突を回避しながら侵入を防ぐのだというのが命令なら、それは難しいと答えるしかありません。[1,p48]
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しかし、北朝鮮の工作船なら口径40ミリのロケット・ランチャーや、射程距離5千メートルの地対空ミサイルまで装備している可能性がある。それを「相手の船の針路を巡視船を使って妨害すること」しかできない、となれば、機関銃を持ったギャング相手に素手で体を張って進路を妨害するのと同じである。いつ、蜂の巣にされても不思議はない。我が海上保安官たちは、そのような理不尽な危険に身を曝(さら)しているのだ。
この事件で、工作船に対してRFS(Remoto Firing System)20ミリ機関砲で全弾命中させ、しかもそのビデオを即坐に国内外に公開し、さらには沈没した工作船を引き揚げしてまで、北朝鮮の工作であるという物証を国内外に見せつけたことは、北朝鮮の工作船活動に対して、大きな抑止力となったはずだ。
もはや北朝鮮工作員たちも「日本への浸透作戦はピクニックに行くようなものだ」とは思わなくなったろう。このような抑止力が高まるほど、我が海の安全度は高まるのである。
■8.「未来永劫いまの体制で尖閣諸島を守っていけるとはとても考えられません」
しかし、これまでの努力を一瞬にして無にしてしまったのが、今回の中国船衝突事件であった。
北朝鮮工作船事件の際には、警告を無視して逃げる工作船の船体に射撃をしている。だから、今回も衝突してきた中国漁船に対して、正当防衛として相手の船体に警告射撃をするぐらいはできたはずである。「政治主導」の決断さえあれば。
その上で、扇大臣が指示したように、すぐにテレビで国内外に中国漁船の方からぶつけてきた時のビデオを公開していれば、世界に中国船の無法ぶりを見せつけられたはずだ。
それを民主党政権は証拠となるビデオすら「国家機密」として公開しなかった。さらにせっかく海保巡視船が危険を冒して逮捕した中国船船長を、中国の圧力に屈して釈放してしまった。
今回の中国漁船は、従来のものよりもかなり大きいこと、現場から特殊な通信を発していた事から、工作船であるとの疑いが持たれている。[2]
工作船が漁船に扮して、紛争をしかけ、それに対して日本政府が何もできないと分かれば、中国側は次はより大胆に攻めてこよう。それだけ我が国の領海を守る海保巡視船の危険が増す。
「未来永劫いまの体制で尖閣諸島を守っていけるとはとても考えられません」という我が領海防衛の最前線に立つ海防人たちの声に耳を傾けねばならない。
(文責:伊勢雅臣)