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日本はすでに農業大国
日本の農業生産額は世界5位。「高齢化する零細農家」は「農業版自虐史観」。
■1.日本は世界第5位の農業大国
日本の国内農業生産額は2005(平成17)年時点で、826億ドル、8兆円相当の規模で、これは中国、米国、インド、ブラジルに続き、世界第5位を占めている。
米国(1775億ドル)のちょうど半分程度だが、大雑把に言えば、人口も米国の半分程度なので、国民一人あたりの農業生産額はいい勝負と言える。
また欧州の農業大国と言われるフランスは6位549億ドル、広大な領土を持つロシアは7位269億ドル、オーストラリアは17位259億ドルで、日本の生産額はこれらの「農業大国」をはるかに上回っている。
品目別に見ても、生産量で世界トップレベルのものが少なくない。ネギは世界一、ホウレンソウ3位、ミカン類4位、キャベツ5位、イチゴ、キュウリは6位だ。コメは生産能力の4割を減反していて10位だが、減反開始前の昭和35(1960)年代には3位だった。意外なのがキウイフルーツで、世界6位、米国を上回っている。
こうして見ると、自動車やエレクトロニクスなどの工業分野と同様、農業分野でも我が国は大健闘している、と言える。
すなわち、日本はすでに農業大国なのである。GDP(国内総生産)を根拠に、我が国が今まで「世界第2の経済大国」(最近、中国に抜かれたようだが)と呼ばれていたのだから、農業の国内生産高、すなわち農業GDPによって世界第5位の農業大国と呼ぶのは妥当だろう。我が国の国土の狭小さを考えれば、これは驚くべきことである。
「食糧自給率が約40パーセント」、「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」などと喧伝されていることから、我が国の農業は衰退状態にあり、いざ食糧危機が起こって輸入が途絶えたら、国民が飢餓に瀕するなどというイメージが一般的だが、『日本は世界5位の農業大国』の著者・浅川芳裕氏によれば、これこそが「農業版自虐史観」だと言う。[1,p45]
■2.日本は食糧輸入大国?
それでも食糧自給率40パーセントと言うからには、生産高は多くとも、より多くの食糧を輸入に頼っているのではないか、という疑問が湧く。
日本の農産物輸入を米英独仏の先進4カ国と比べてみると(2007年データ)、まず輸入額では、米国747億ドル、ドイツ703億ドル、英国535億ドルに次いで460億ドルと第4位。金額的に見て、我が国は主要先進国の中では少ない方である。
輸入額は人口にも影響されるから、国民一人あたりの輸入額で見ると、英国880ドル、ドイツ851ドル、フランス722ドルと来て、我が国はそのフランスのほぼ半分の360ドルとやはり4位。最も少ない米国の244ドルと大差ない。
「日本が輸入している農産物は、穀物など単価の安いものが多いから、金額は低くても量は多いのでは?」とさらに疑う読者のために、一人あたりの輸入量で見ても、ドイツ660キロ、英国555キロ、フランス548キロに続き、日本は427キロとやはり4位で、米国の177キロを上回るに過ぎない。
すなわち、この先進5カ国の中で比べてみれば、生産高は826億ドルと米国に次いで第2位、輸入高では460億ドルと生産高の半分強で第4位。このどこが「食糧輸入大国」であろう。
■3.食糧自給率40パーセントのカラクリ
実は「食糧自給率40パーセント」という数値にカラクリがあると、浅川氏は指摘している。この計算はカロリーベースのもので、一人1日あたりの供給カロリーのうちの国産供給分の比率である。分母となる供給カロリーの中の4分の1ほどは、レストラン、ファーストフード店などでの廃棄分や食べ残しが含まれる。
それらの廃棄分を除いて実際に国民が摂取している一人一日あたりの摂取カロリーで見れば、自給率は54パーセントとなる。民主党が10年後に目指すとしている自給率目標50パーセントはすでに達成されている。現在の定義で自給率を高めようとすれば、まずは廃棄分を減らすのが、正しい方向だろう。
さらに自給率を生産額ベースで計算すれば66パーセントとなる。先の先進5カ国で言えば、米国、フランスに次いで3位である。米国やフランスは輸出が多いから自給率も高いのだが、主要な輸出品目は穀物、肉製品、ワイン等。これらの品目は、南米や東欧などの新興国に押され気味で、生産額ベースの自給率は低下傾向にある。
一方、日本より自給率の低い英国やドイツは、寒冷地で野菜や果物は輸入に頼らざるを得ない。
我が国土は狭隘と言えども、南北に長く一年を通じて様々な農産物の栽培が可能で、農業に適している。しかも、その中で高度に発達した国内市場を持ち、そのニーズに基づいた高品質の野菜、果物、畜産品を開発、生産している。
カロリーベースで自給率40パーセント、という「農業版自虐史観」だけでは、こうした我が国農業の真の実力を見失ってしまうのである。
■4.大幅な農業生産性向上
「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」というのも、実態を惑わす表現である。お年寄りの農家が細々と田畑を耕していて、後継者もおらず、生産高は徐々に減っていき、いずれ日本農業は全滅してしまう、と想像しがちだが、これまた事実ではない。
まず我が国の農業総生産高は着実に伸びている。昭和35(1960)年の4700万トンから、平成17(2005)年の5000万トンへと300万トンの増産を実現している。
確かに農業従事者数は減っている。昭和35年に約1200万人いたのだが、平成17年には約200万人と激減している。確かに農業従事者数は6分の1となったが、逆に生産高は増えている。すなわち一人あたりの生産性が6倍以上に向上しているのである。
農業者一人あたりの生産額で見ても、昭和35(1960)年の18万円が、平成17(2005)年には約24倍の438万円に上昇。物価変動分を差し引いても、5.2倍になっている。
一人の農業従事者が何人分の食糧を生産しているか、をカロリーベースで試算すると、昭和35(1960)年には7人分だったのが、平成17(2005)年には4倍超の30人も養えるほどになっている。
すなわち、農業従事者の減少とは、生産性の大幅向上によって、一定規模の食糧生産に必要な人数が大幅に減った結果であって、農家が高齢化して引退していき、食糧生産も衰退していっている、ということではない。
農業生産性の向上によって、農家が大幅に減少していく、というのは、先進国共通の現象である。過去10年の農家の減少率で見ると、我が国は22パーセントだが、ドイツ32パーセント、オランダ29パーセント、フランスが23パーセントと、日本以上の減少率となっている。
「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」というのは、お年寄りがいくつになっても元気で田畑を耕したり、あるいは兼業農家をやっていた会社員が定年後に晴耕雨読の生活に入るなどしているからである。喜ばしいことではあっても、心配すべきことではない。
■5.他の本業で稼ぎ、家庭菜園を営むアマチュア農家
日本の農業大国ぶりを支えているのは、こうした高齢化した農家とは別の、少数精鋭の農業従事者である。
約200万戸の販売農家(面積30アール以上、または年間の農産物販売金額が50万円以上)のうち、売り上げ1千万円以上の農家はわずか7パーセントの14万戸しかないが、彼らが全農業生産額8兆円の6割を産出している。
逆に売り上げ100万円以下の農家が120万戸、6割も存在するが、彼らの生産額はわずか5パーセントに過ぎない。売り上げ100万円以下とは、耕作の目的はあくまで自家用やおすそ分け用であって、余った分を販売に回しているに過ぎないだろう。いずれにしろ、国民全体の食生活を支える存在ではない。
民主党は「農業者個別所得補償制度」を提唱し、平成22(2010)年には、5618億円もの予算が「個別所得補償モデル対策」として農家にばら撒かれた。その対象は、米を例に挙げると、180万戸ほど。そのうちの100万戸が1ヘクタール未満の農家で、農業所得は数万円からマイナス10万円程度である。
これが本当なら生きていけるはずもないが、実はこの層の多くは役所や農協、一般企業で働いており、その本業で平均500万円ほどの収入がある。零細農家というよりも、本業で所得を稼ぎながら、家庭菜園で自家用やおすそ分け用を中心に耕作をしているアマチュア農家である。
こうしたアマチュア農家に、56百億円もの税金をばら撒いて、食料自給率が向上するはずもない。そもそも農産物を売って、生計を立てようとはしていないのだから。民主党がこの政策で本当に食料自給率を上げようとしているなら愚劣の極みであり、またそれと知っていて得票目当てに国民の税金を投入しようとしている確信犯なら、悪徳の極みである。
■6.高収入のプロ農家
それでは、農業を本業とする少数精鋭のプロ農家とはどのような人々なのだろうか。その一例を、弊誌633号「『明るい農村』はこう作る 〜 長野県川上村の挑戦」で紹介した。かつては「信州のチベット」と呼ばれた高地でレタスを作り、東京市場の価格変動に機敏に対応した出荷を行って、607戸の農家が平均25百万円の野菜販売額を上げている。まさにプロ農家集団である。
こうしたプロ農家の所得の実態を、浅川氏が副編集長を務める月刊誌『農業経営者』で行った。
アンケートの対象となった2566人の平均収入は343万円。うち、個人農場1314人の平均348万円、農業法人社員870人の平均が241万円、農業法人経営者870人の平均が560万円であった。
農業法人社員の241万円は、社員数5〜9人の小企業における平均年収236万円とほぼ同程度の年収となっている。
個人農場主は他業種であれば個人商店や個人企業に相当し、農業法人経営者は企業経営者に該当する。それぞれ他業種に引けをとらない年収を得ている実態が明らかになった。
こうしたプロ農業者が、わが国の農業の生産性を何倍にも高め、わが国の食料供給のを支え、農業大国の大黒柱となっているのである。
■7.農業こそが世界の成長産業
わが国の農業をさらに強くして、国民がおいしい農作物を安く食べられるようにし、かつ万一の場合の食糧安全保障を図るには、これらのプロ農家をいかに発展させるか、が課題である。
そのひとつの方策は、国際市場に打って出ることである。日本のエレクトロニクス産業や自動車産業は海外市場で戦うことで、競争力を磨き、規模を大きくしてきた。
日本の車や家電製品が国内市場だけでやってきたとしたら、現在ほどの発展は望めなかったろう。逆に海外製品の攻勢に対抗できず、ちょうど今の農業のように高関税で海外製品の輸入を阻止することに汲々としていたであろう。
世界の農産物貿易額は急速に拡大している。1961年に670億ドル(約7兆円)だったのが、2007年には1兆7800億ドル(約180兆円)と拡大した。とくに2000年以降は年平均10兆円も伸びている。農業こそが世界の成長産業なのである。
この農産物貿易の拡大にうまく乗ったのが、ドイツや英国で、それぞれ420億ドル、200億ドルの輸出増加を果たした。同期間の日本の輸出の伸びは17億ドルに過ぎない。もしわが国がドイツ並に400億ドルも輸出を伸ばしていたら、生産額ベースの自給率は90パーセント以上に達していたはずだ。
■8.「僕自身、日本の農産物は世界一だと思っている」
海外市場に打って出て成功している農業者がいる。農業法人・和郷園である。平成19(2007)年に輸出事業を始め、わずか2年で売り上げの約1割を占める3億円に達した。香港に現地駐在員を置き、自社生産の高品質農産物をレストランやスーパー向けに輸出している。
和郷園代表の木内博一氏はこう語る。
『僕自身、日本の農産物は世界一だと思っている。今、そのことを世界にしっかり表現していくときだ。まずは最高級品を輸出することにこだわり、海外で「ジャパン・プレミアム」を創出する。頂を高くすれば、その後の日本産農産物の世界市場は大きく開ける』
自動車やエレクトロニクスと同様に、和郷園では海外生産も始めている。タイでマンゴーとバナナを生産する現地法人を設立し、バナナの半分は日本に輸入しているが、残り半分は現地で販売している。日本人の農家が地元タイで作った "Made by Japan" が評価され、世界ブランドの「ドール」よりも、高値で売れている。
「高齢化し、衰退する日本農業」という「農業版自虐史観」では、アマ農家に税金をばら撒き、輸出はおろか、高関税で海外農産物の輸入阻止という袋小路に入り込むだけである。
和郷園のようなプロ農家が輸出や海外生産を通じてさらに競争力を鍛えていけば、農業大国日本の将来は明るいのである。
(文責:伊勢雅臣)