この土曜日は、数年前に一度行った山間部の桜や花桃の花見に行ってきた。
あいにくの天候ではあったが、花を散らすほどの勢いはなく、場所によっては三分、五分咲きの場所もあり、さほどの悪影響はなかった。
道すがら、現在は道路が通っているが、こういった施設のない数百年前は、比較にならないほどかなり風情があったのだろうと思う。
こういった場所には多くの人々が暮らしていてさぞかし賑わっていたことだろう。
今は交通が発展していて。特定の地域に人や物が集中する傾向が高いが、昔は道がないばかりに国土のあちこちに分散して暮らしていたというのは不思議な気がする。
何とかそこそこの収入があり、子どもへの教育が自治体によって補償されれば、また散らばって暮らせるのではないかなどと考えたりする。
現在、移住ばやりである。
私も10数年前、少しローカルな地域で1年間過ごした。
周辺にはコンビニはまったくなく、ATMも夕方6時にはクローズしてしまう環境ではあったが、特に不便は感じなかった。
最近移住している人の中には、当時の私よりもっと不便な場所で生活している方も多いが、四季の移り変わりがわかって、通勤に気をもむこともないといった生活の楽しさやコンビニなどなくても問題ないということが、住んでみてからよくわかったのではないだろうか。
現在は、家に車があって、家族全員がスマホを持って、それぞれの部屋に空調とテレビがあってと、昭和と比較したらかなりハイソな環境である。
そこをもう少し落とせば、そんなに高収入にこだわる必要もないと思うのだが、かく言う私が一番そういった生活から降りられないでいる。