どこかの会報に掲載されていた一文。
不思議な感じである。
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☆仏法僧の鳴く古里の谷間に小生の萱葺の家はありました。夜が更けると家の奥の大きな杉の大木の落雷の空洞に住む大きな田舎で「ふるつく」と呼んでいた「このはずく」が「ブッポオソー・ブッポオソー」とこの世のものとは思えない奇妙で寂しい、泣くようなそしてチョッピリ怖い独特の声で鳴いていました。話の上手だった母方の祖母の話を蚊帳の中の布団に横になりながら閔きました。怖い話を聞いた夜の仏法僧の鴫き声は、恐怖となって幼なかった自分の脳裏に焼き付きました。家の前の谷川では、うなぎやゴリやウグイ、海老、ツガニ、川ニナが沢山採れました。初夏になると堤に植えた梅や桃を採って食べました。田植えが一段落した閑散期には親父は、奥山の国有林の原生林を伐採して街に遅ぶため奥地の急峻な山を越して、トロッコに積載して急坂を巨大な発動機で頂上に巻き上げて、そこからウインチで下の平地のトロッコの軌道まで吊り降ろす機械の操作をしていました。そのため山奥の谷川の側に建てていた山小屋に寝泊まりしながら作業に従事していました。昼間は、親父の作業場である巨大な発動機の側の直径3メートルもの原生林の切株で寝転んで遊び夜は柴山にある春先でも寒い、山小屋で藁を一杯詰め込んだ藁布団をかぶって囲炉裏端で親父の手枕で寝ると大変暖かかったのですが、ガサガサという音で暫くは眠れなかったことを覚えています。
鬱蒼とした巨大な原生林のなかの環境は、夜になると恐怖を感ずるような野生の動物の鳴き声や聞いたことのない野鳥の鳴き声が聴こえていました。そんな鳥の鳴き声で「シロメン・クロメン」と鳴く鳥の声がありました。この鳥の鳴き声は、山師の荒くれ男たちにも恐れられていましたが、この鳥を見た人はいません。そんなある日、親父と一緒に仕事をしていた仲間の山師が夜になっても山小屋に帰ってこない事件がありました。夜中まで待ちましたが帰らず、昼間山奥に分け入り捜したが見付かりません、何日か経過した日にひょっこりと夢遊病者のような奇妙な姿で広葉樹のはっぱを沢山持って山小屋に帰ってきました。山奥で何があったのか聞いても目は中を泳いでいるようで狂気の様相を亭していました。 山師を連れて家に送り届けましたが、間もなく他界したと聞きました。山での真相は、幽谷の深山のみが知る結果になりました。余程の恐怖に遭遇したのでしょう。こうして真相は不明のまま魔物に化かされたままでした。ついさっきまで、狼のいた時代の終わりの出来事でした。現在は、幽谷の深山にも林道がとおり、山の幻想の話題も消えて夢も恐怖もあの幻の鳥シロメンクロメンと鳴いていた幽界の鳥の噂も消えました。
山の神が支配していた聖なる山も開発によって奇鳥とともにどこかに消えました。その当時なかった自動車で林道を辿り、谷川に下りて見ると下流の川では見掛けなくなった鎌切りという魚の稚魚がいました。トロッコの軌道も木材を降ろした土場もここから馬車で町の港に運んだ港湾の木材集積場も今では、なくなりました。小生の幼少の家のぴばりの大群も真赤な赤トンポも谷川のうなぎやゴリやウグイ、海老、ツガニ、川ニナもいなくなりました。神仏の存在を肌に感ずるような神秘の世界も田舎の古里から消えました。あるのは。機械と自動車や耕運機やテレビやパソコンでビニールハウスの農作物を管理する山材の無味乾燥な田舎の風景に変わりました。田舗に一杯に咲く蓮華の花に寝転んで流れる白い雲を見つめながら、空想した幼かった日々の視界は、もうどこにもありません。
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