連休の中日、夕まずめ(日暮れの時間帯)を狙ってタコ釣りに出かけた。
一昨年、同僚のSと一緒に来て以来2度目だが、「釣りたてのタコで一杯」の目論見は見事はずれた。
前回は、Sが見事にそこそこのサイズ(マダコね)を釣り上げ「食べ飽きてますから」と私にくれた。
その数か月後、アオリイカのエギングに別のメンバーで行ったのだが、そのときも唯一釣れた獲物を、「いつも僕らは行ってるから」と私がもらった。
もう15年ほど前になるが、転勤先で釣り環境のよかった場所にいた頃は、グレ釣り師として周囲では知られた存在だったが、今は昔である。
当時は、11月〜3月のシーズン中、20日以上は磯に上がっていた。
実家に戻ってきてからは、回数は激減。天候に目をつぶって行くこともあり、いや、天候がよくてもさっぱり釣れなくなった。
その頃、今でいうNPO団体の走りみたいなところに籍を置いていたこともあり、「釣れない=つまらない」釣りとはどんどん疎遠になっていった。
今思えば、あの時釣果がよければ釣りにハマリ続けて社会活動にも協力せず、多くの人との出会いも無かったので、よしとすべきか。
グレ釣りの頃以降、爆釣したのは県外から帰省してきた姉の旦那と港で50センチくらいのボラが入れ食いになったときくらいである。
タコ釣りはタコジグでやるのだが、タコ以外食いつきようがないし、磯釣りのようにあれこれ手を打てないのがもどかしい。
まあ、結局魚がいないときは誰も釣れないのだが。
来年の3月、時間が許せば釣れなくてもいいから源流のアメゴ釣りに行きたいと思っている。
電線もなくペットボトルも落ちていない。人工的なモノが一切なく、せせらぎしか聞こえない世界にいると、宇宙飛行士じゃないが、ふと「神の存在」を考えてしまう。
「ここはいったい何十年、何百年前からこんな風景なんだろう・・・」
現実的には、頭の中は釣れない魚のことでいっぱいなんだが。